アニメーター哀歌

10年ほど前、アニメーターとして働いていた。月に25〜28日朝から晩まで働き、月給は5万円以下だった。心身ともにボロボロになり1年で辞めた。

 

当時の給与明細が出てきてツイッターにアップしたところたくさんの反響があった。

 

多くの人がアニメは低賃金だとウワサには聞いていたようだが、実際にあまりに低い給与明細を見ておどろいたようだ。そりゃそうだ。クールジャパン。Yes! So cool.

 

低すぎる賃金がおもしろネタとして忘れ去られないうちにアニメ業界について思うところをまとめておこうと思う。

 

●新人アニメーターの現実

アニメ業界といっても業種は、編集、制作進行などいろいろとあるがよく問題として語られるのは主に作画部門の待遇だ。まず新人アニメーターは動画を担当する。動画とは原画(動きのキーポイントとなる絵)の間の絵を描いていく仕事だ。たとえばキャラが歩くアニメーションであれば、原画には右足を前に出している絵と左足を前に出している絵が描かれていて、動画担当者はその間の足を前に出す途中の絵を描くことになる。そして、それらを全てクリンナップして線をキレイに整える。その後デジタル担当者がコンピュータ上で着彩する。皆さんが目にするアニメの絵は全て動画マンがクリンナップしたものだ。テレビアニメであれば1秒間に8枚の絵が必要になる。劇場版であれば1秒間に12枚だ。アニメ業界では動画1枚あたりに単価がついていて主に出来高制となっている。この動画単価の相場がおよそ200円前後である。「動画を月に300枚描ければとりあえず動画マンとしては一人前だ」と言われたことがある。200円×300枚で6万円だ。もう一度言うぞ、月に25〜28日大の大人が朝から晩まで働き、月給が6万円である。ガキの使いやあらへんで。

最近は固定給+出来高制を採用しているスタジオもいくつかあるが、固定給は多くても5万円ほど。新人アニメーターの平均月収はおよそ9万だと言われている。それでいてアニメスタジオは東京都に集中している。上京し一人暮らしをしながら働こうにも生活が成り立たない。新人アニメーターは貯金を切り崩しながらギリギリの生活を続けるか、親御さんによる仕送りに頼るしかない。これが新人アニメーターの現実だ。

おそらく多くの新人アニメーターが自分の待遇に疑問を持つはずだが、「最初は皆こんなもんだ」「好きな仕事ができているのだから我慢しなきゃ」「いずれは原画を担当して稼げる」などと周囲に言われたり、もしくは自分に言い聞かせてなんとか耐えている。

 

●アニメーターは芸術系の仕事なのか

アニメの仕事のことを「芸術系の仕事なんて金にならないのが当たり前」と言う人がいるが、それは着眼点がズレている主張だ。

アニメの仕事は「誰に頼まれるでもなく好きで芸術作品を制作してるが、売れないので貧乏だ」という状態とは違うのである。アニメーションは放送局や制作会社からこういう作品を作りたいという正式な注文があり、完成したコンテンツは電波にのって放映されたりDVD化されたりする。つまりは世の中に需要があり、利益につながる「製品」をつくる仕事だ。8分の1秒しか画面に映らない動画1枚でもその「製品を成立させるための部品」として充分な価値をもっている。事実放送されているアニメーションに使われているのだから。アニメーターとはそういう仕事をしているのだ。

それなのに生活できないような賃金しか得られない、「需要のある製品をつくっているのにも関わらず労働に価値がないように扱われている、不当な賃金で買いたたかれている」という状態が問題なのだ。

また、当然のことだが原画の間の絵を描くといっても絵の技能が低くてもやれるわけではない。まず何より素早く絵を描くことが要求される。さらに絵を立体的に捉えること、物理法則を理解していること、人体の構造が分かっていることなどが必要とされる。求められる技能に対してあまりにも対価が安いのである。

 

●拘束時間が長くなおかつ低賃金、そして偽装請負

例えば売れていない芸人ならばそもそも仕事が少ないのでその他の時間でバイトをするなどして生活をつなぐことは出来るが、アニメーターは月25〜28日びっしり働くので(スタジオによってはもっと)その他の仕事で生活費を稼ぐ術がない。かといって、「生活のために作画の仕事は週2日ほどにして空いた時間に別の仕事をします」とスタジオに申し出ればおそらく「そんなやる気のないヤツは来なくていい」と言われる。しかしこういった主張をはね除けるためには、スタジオ側はアニメーターをちゃんと社員として雇用している必要がある。

社員として契約されていないアニメーターはフリーランス、つまり個人事業主として働いているので仕事をする場所や時間を個々にきめる裁量を有している。アニメ業界はこのあたりを曖昧にして、実態として雇用状態である(勤務地や勤務時間の指定など指揮命令をしている)にも関わらずアニメーターを個人事業主として扱うことが常態化している。これは偽装請負という違法行為である。雇用状態にあっても個人事業主扱いとすることで、多くのアニメスタジオは労働基準法の適用、各保険料負担、健康診断を受診させる安全配慮義務、有給休暇の付与などの雇用する側の義務から逃れている。

このあたりのことをうやむやのまま放置していることも、アニメ業界における大きな問題である。普通に犯罪が放置されてる。なんだこりゃ。

 

●それでも人が集まるのは何故か

上記のようなあまりにもおっそろしい環境であるはずのアニメ業界だが、それでもよい人材がつぎつぎにアニメ業界に入ってきている。これはなぜかと言えば答えは簡単で「アニメが人気だから」である。若い人の憧れの職業である、というだけで何とかまわっているに過ぎない。アニメ業界と似た体質をもつのがいわゆる日本の伝統工芸業界だ。見習いのうちには基本的に給料がない。師匠や先輩は丁寧に教えてくれたりもしないしマニュアルもない。見て盗めの一点張り。何年も耐えてかじりついて技術を身につけようやく職人として独り立ちできる。このようなやり方はその職業、職能が人気のうちは成立する。業界をあげて人を呼ばなくても育てなくても、勝手にどんどん入ってくる人材を雑なやり方でふるいにかけて勝手に才能あるやつが生き残る、という仕組みで回っていく。

だが一度人気が落ちればすぐになり手がいなくなる。入ってきたとしても、これまで人をちゃんと育ててこなかった業界に人材を育成することは難しい。そういう風にして失われてしまった、また失われつつある伝統工芸や技術がたくさんある。アニメ業界はこのような伝統工芸の業界が直面している事態の一歩手前にいる。ギリギリである。若い人たちの人気が落ち込んだとき、アニメ業界は瞬く間に落ちぶれてしまうはずである。そうなった場合アニメ業界に打つ手はあるのか。

それでもおそろしいことに、アニメ業界には「今の業界についてこれないような才能のないやつはこなくていい」という態度をとる人もいるのだ。それは自分たちの足場を崩す選択だ。どんな業界でも突出した才能だけを集めて成り立っているわけではない。目立つような突出した才能がなくともその業界にその仕事に尽力したい人たちこそ、その業界を支える基礎だ。基礎が弱いまま、裾野がせまいまま先鋭化するのはそれだけ変化や外圧に弱くなるということだ。

 

● この先は

じゃあどうすればいいのか。上に書いたようなことを解決していくしかないわけだが、どうすれば。これはもうほとんど打つ手がない。最近では新人アニメーターのためにクラウドファンディングで資金を募り、格安の寮を運営しようという動きがある。もちろん支持するし、若い人のために具体的に動いている人たちには頭が下がる。しかし同時にむなしさも感じる。この運動は「もうアニメーターの給料が改善することはないので、働く側が何とか対応しよう」というものだ。諦めゆえの苦肉の策なのだ。なぜこんなことになってしまったのか。アニメ制作は広告会社、放送局、出版社など多くの企業が関わり、一概にどこが悪くてどこを改善すればいいとは言えない。いっそ今の体制がすべて立ち行かなくなって一度アニメ業界が崩壊しまったく新しい制作の流れができるまで待った方が早いのかもしれない。あるいは日本のアニメ大好きな石油王を探し出しアニメにガンガンお金を出してもらうか。そんな夢物語を思ってしまう。

それではあまりにもなので、可能性があるとすれば現在の制作体制とは別の流れでアニメを作れないかと考える。例えば、地域密着でアニメを作れないか。アニメ制作にたずさわりたい若者は全国にいるはずだが現状東京近辺にスタジオが集中しているため、リスクを負って上京せざるを得ない。これを地方にアニメスタジオをつくることで、若者が勤務しやすい環境にする。そして、その地方のローカルテレビ局や地域の企業に対し協力や資金を募る。どんな企業が協力してもいいがあくまで「出資者」と「制作者」というすっきりした立場をくずさない。CMもアニメで作って、ローカル局とインターネットで放映する。今やどこで作られたコンテンツだろうと全国そして世界向けに発信することは可能だ。話題になれば地域おこしとしても成功する。そうすれば地元企業の協力も増える。うまく循環すればシリーズ化できるし、ご当地キャラクターとしても売り出していける。というようなアイデアを夢想している。

私はアニメが好きだ。だからこそ強い憤りを感じる。やはり一番いいのは今あるアニメ業界が自浄能力をもって改革していくことだ。その第一歩としてどうしたら現場にお金が回るのか、情熱をもってやってくる若者たちに報いることができるのか、そのことを早急に解決してもらいたい。まずはそこからである。アニメーターが若い人たちにとって本当の意味で憧れの職業であってほしい。そう願ってやまない。

というのはまあ嘘で、アニメ業界はさっさと滅びたほうがいくらかマシだと確信している。ひゃっほう。