わすれる
誰かが言ってた。忘れないものなどないのだと。最後の最期には全部忘れて失われてしまうんだと。
そうだもっと忘れてしまおう、君のことなんて。
忘れてしまおう、絵を描くことなんて。
忘れてしまう、楽器の弾き方なんて。
忘れてしまおう、楽しかった記憶なんて。
忘れてしまおう、
忘れてしまおう、自意識の吐露を、その恥を。
そして無理やりな大声で誤魔化す。
夏の花火の音がすれば実のところ逃げ場はない。
それに気づかないふりをしよう。
忘れてしまった。忘れてしまいました。
忘れてくれ。誰もかも。何も残さずにこの場を去るのだ。
とはいえ、抗いようもないない。
その残響、シルエット。眠りにつく前のこびりつく恐恐とした黒。
人さし指の深めの傷。過ぎてすぎれば。
忘れて、忘れられることだけが望みでそれに向けて必死に抵抗している。
あの日がありました。ええ、ありましたっけ?
もう少しさむい海の、波際につかる足を覚えているのが苦しいのですが、
どうしたら忘れられる。消えてくれる。
いずれ、それはいずれ。待つことすら忘れましょう。